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スペイン政府公認 在スペイン日本人通訳協会
guadalajara県最大のお城が残っている。まるで中世を舞台にした映画に直接使えそうだ。チャールトン、ヘストンあたりが甲冑姿で馬にまたがり、前方の大軍に対し少数の味方に叱咤している姿が絵になる風景である。歴史の方は古くイベリア半島の先住民族イベロ族がMediolumと呼んでいた。アラブ統治下ではtarikと呼んでいたようである。1129年アラゴンのアルフォン一世によってアラブから失地回復された。この王様はbatalladorと言うあだ名のある人で、武闘派と訳したらぴったりする好戦的人だったようだ。スペインの王様には良くあだ名がつけられるが、フェリッペ美男王、アルフォンソ賢王、ペドロ残忍王などはまだいいが中には露骨なのもある。スペイン建国の母といえるイサベル女王は兄のエンリケ四世の死後即に自ら王位を宣言するのだがそのエンリケ四世のあだ名が不能王と呼んでいる。カタカナの方がスペイン的直なニュアンスが伝わりやすい。エンリケ インポ王である。とにかくスペイン語の表現は露骨なのが多い。ときにこのモリナ デ アラゴンその名前どうり以前はアラゴン領だった。castillaのサンチョ四世とaragonのマドリッドの大きな通りの名前にもなっているmaria de molinaとの結婚以来(日本で言う結納金みたいなもの)castilla領になり今に及んでいる。きれいな街だ。マドリッドから約200キロ、幹線から外れているだけに良い雰囲気を保っている. ゴルド PR マドリッドはイベリア半島のほぼど真ん中にある。メディアが発達した現代は別として、つい最近まではヨーロッパの中でもセンス的なもので最も遅れていた首都と言われていた。外からの文化が入りやすかった港町バルセロナと内陸都市マドリッドではその差を肌身ではっきり感じたものである。これは良し悪しの問題ではない。どちらかと言うと素朴なマドリッドの方がクールなバルセロナより好きだった。19世紀末に興ったmodernismo(フランスで言うところのアールヌーボー)は保守的なマドリッドまではなかなか浸透せず絵画の分野でもそうだが建築の方も古典的なものの継承となる。マドリッドの風格ある建物と言うとその多くはネオクラシックである。そういった建物に目が慣れてしまった時に見る写真の建物はある種の新鮮な驚き与えてくれる。ガウディ自身の作品ではない。弟子であるjose grasses rieraの作品だ。ここで言う弟子とはガウディに傾倒した人と言う意味で直接学んだようではないようだ。いずれにしても充分ガウディを彷彿させるものがある。fernando6世通りとpelayo通りの交わるところにある。Longoria宮殿と呼んでいる。当時の新興ブルジョアで銀行家だったjavier gonzalez longoriaが1902に作らせている。ともかくマドリッドの建築物の中にあって異色である. ゴルド すさまじい勢いで経済発展を遂げた[遂げつつあると言った方が正確かな。だいぶ失速気味だが]スペインの正にLoco motor[牽引機関車]だったのがこのAVEである。受注段階でのワイロ発覚などで問題はあったが公共事業での汚職はどこでも東西を問わずつきもの、さして大きな問題にはならなかったようだ。面白かったのがmadrid-sevilla間を優先したことだ。普通ならスペインの二大都市間つまりmadrid-barcelonaが先だと思う。万博のsevillaよりオリンピックのbarcelonaの方がインパクトも大きいと思うのだが結果はそうではなかった。当時の大統領フェリッペ、ゴンサレスはsevilla出身なのだ。そして次に登場する保守系の大統領アスナールは自分の出身地valladolidとmadrid間の新幹線計画をぶち上げもうすぐ開通すると思われる.barcelona間の方はどうかと言うと92年に開通してないといけないのがいまだ全線開通していない。政治駅というのは日本独自のものではないようだ。しかし実際に乗ってみて余り速いとは思えない。多分これは風景が流れないからだろう。日本だと住宅が線路の近くまで迫っているし,だいいちトンネルばかりでその豪快な音量が速度を認識させる。地平線の中を走ることの多いスペイン新幹線は何か随分のんびりしているように思えるのではないだろうか ゴルド ゲルニカの町にあるピカソの傑作「ゲルニカ」の陶板画。この街の人々はどんな気持ちでこの街角にある陶板画を見ているのだろうと思いながらシャッターを切った。そのとき案内していた日本人観光客から「この街のお年寄りの人にこの絵についてどう思うか聞いてみてください」と言われ、まったく気が進まなかったが近くに居合わせた老人に聞いてみたら「あの戦争のことはもう思い出したくもないヨ」といわれた。もう一つの陶板画は日本の大塚美術館にもありますね。本物は周知のとおりマドリッドに。。今、マドリッドではピカソ展が2箇所同時開催されており沢山の観光客で連日賑わっている。日本では、今日、長崎で「原爆の日」の式典が行われた。この時期になると「戦争を知らない子供たち」という歌を思い出す(年がバレる(^_^;)・・!)のですが、やっぱりこのゲルニカを見るたびに戦争を知らない、そして言葉の違う世界中の人々にたった一枚の絵で戦争に対する怒りや悲しみを伝える事が出来たピカソってすごい人だなってつくづく思うのでした。 ドゥルシネア マドリードからわずか50キロ南にcastillaのオアシスと呼ばれるアランフェスがある。本宮の方は最近とみに団体客で込んでいる。従ってその庭園である島の庭園の方も人が多い。人が多いから悪いと言うわけではないがやっぱりこの緑が目にしむ,鳥の合唱なんかが聞こえたりする庭園には静寂が似合う。それで少し離れてはいるが王子の庭園[jardin de principe]の方をお勧めしたい。カラカラに干からびたcastillaの大地にあってここだけは別世界である。ここにも小さな離宮があって農夫の家と呼んでいる。その昔実際に農夫の家があったようだ。こじんまりした離宮だが派手好きなブルボン家だけに中の方は豪華絢爛である。ここに多分私はは世界一ではないかと思うのだが王妃のトイレがあり、その便器たるやプラチナ製である。マリア、ルイサの化粧室と呼んでいる。この王妃かなり身勝手な女性だったようで、他人に非常に厳しく、自分に非常に優しかった人と言われておりその容貌はゴヤが幾度となく描いている。プラド美術館にも何点もあるのだがどれも底意地の悪そうな容貌である。反骨の画家と呼ばれたゴヤだが宮廷画家つまり御用画家である。実物以下には描くわけない。むしろ逆に実際より良く描いたに違いない。にもかかわらずあの鬼面である。想像を絶する性悪女だったに違いない。そのマリア、ルイサ王妃とプラチナの便器、どうにもこうにもすっきりしない組み合わせである。 ゴルド P.S部屋の修復のため化粧室は公開してないかもしれん。 |
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