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スペイン政府公認 在スペイン日本人通訳協会
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美しい村である。村のシンボルともいえるのがこのローマ橋だ。村の入り口のところにある。ここから10キロも行くとキリスト教スペインの聖地ともいえるコバドンガだ。侵略したイスラム軍に始めて一矢報いることになる。滅ぼされた西ゴートの残党をまとめたドン ペラージョは洞窟に立て籠もりゲリラ戦を展開、正教一体、一枚岩の勢いの乗るイスラム教徒も砂漠地ならまだしも森林戦、山岳戦となると勝手が違う。しかも相手は神出鬼没のゲリラである。被害甚大。やーめたと引き上げたのが722年。この年に失地回復運動[レコンキスタ]とよばれる八世紀に及ぶキリスト教徒対イスラム教徒との壮大な攻防戦が始まる.コバドンガ自体は洞窟と比較的新しい教会があるだけでホテルも何もない。旅行者はこのカンガス、デ、オニスに泊まってコバドンガそしてそのはるか上にあるEnol,Ercinaと言う二つ湖がある絵のような美しい所まで行くのが定番だが、絵のように美しい所というのは誰でも行きたいのか交通規制されるようになって一般車は入れなくなった。バスがでている。gordo
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北スペイン、アスツリアスとかカンタブリア地方など大西洋に面した地方にはやたらと豪勢な家が多い。その昔南米にわたり一旗上げた連中が帰国して争うように建てたものである。自分の人生の成功を誇示したかったのだろう。必要以上に豪華に造ってしまい後の維持、管理ができず廃墟になっているのもある。関西の三大都市の人々の気質を揶揄して京都の着倒れ、大阪の食い倒れ、神戸の建て倒れと言っているが、さしずめ北スペインの連中はこの建て倒れにあたるのではないだろうか。港町神戸は外国からの文化が入りやすく自然ハイカラになってしまったわけだが、人よりもより立派な家、これが昂じて建て倒れも出てくるようになったと思える。似ているような気がする。ちなみに京都の着倒れはいわずと知れたアンダルシア地方、暖かいから自然外にいる時間が長くなる。大阪の食い倒れに当たるのは中部スペインの連中ではないだろうか大陸性気候で特に冬場は家に閉じこもりがちになり食事にお金をかけるようになったような気がする。セゴビアの子豚の丸焼き、アビラのTボーンステーキ、そして子羊のあばら肉の炭焼きどれも美味である。ゴルド

ロマネスクの教会というのは実につつましい。頬ずりしたくなるほどの愛くるしさがある。何故だろう
やはり他の様式と比較するからだろう。ゴシックは威圧的で他を無理やり服従させ、嫌悪感を培養してしまう。バブル時の濡れ手で粟の不動産屋のオヤジ然としている。成金そのものである。。バロックはその派手さが厚化粧の老婆を連想させる。ネオ クラッシクはあまり美人でもないのにツンとしたブリッ娘をぶり思わせる。丘の上にひっそりと静かに余生を送っているかのようなセプルベドラのサンサルバドール教会、こういう少し曇ったような天気が似合う好感の持てる建物である。ゴルド


 食材豊かなスペインの中でも味の最高峰に位置するのが生ハムだろう。口の中でとろけるというのは正にこのことだろう。生ハム専門店に行くと安いのから高いのまでピンからキリまである。その値段差約20倍、実に層の厚い食材である。その差はどこから来るのか、基本的には豚の種類が違う。スペイン原産の豚[cerdo iberico]を樫の木畑で野放しで、自由に育てるのと普通の白豚を豚小屋で育てたのとの差が一番大きい。つまり原材料が最初から違っている。また野放しで育てるという環境も大事だ。ストレスが溜まると味も違ってくるようだ。チキンと同じだ。また生ハム醸成の過程も風土、気候によって随分と違ってくる。また一度包丁を入れたら時間とともにその旨みも失せてくるからその場で食べきるのが一番いいのだが、平均7キロほどもある生ハムを食べきるとなると結婚式とかいった人が集まる祝い事のときに限られてしまう。マラガの避暑客で賑わうホテルの朝食に生ハムも置いてあったがこれが今まで食べた中で一番まずかった。外人がほとんどの巨大ホテルである。前の日から用意するのはしょうがないにしてもラップぐらいかけておいたらまだ救われると思うのだが干し肉になっていた。どうせ相手は何もわかってない外人だと言うホテル側の無神経さが見えてしまった gordo
 緑と山の空気を求めて、グレドス山系へ、午前中はPlata FormaからLaguna Grande までの石ころの山道を少し歩く、昼食はグレドスのパラドール、昼食はopcion で48ユーロ、殆どが昼食つき、さすが値段も良いだけに、量だけではなく、質も良し、トレドのパラドールのentretenimiento とは雲泥に差、メインがCordero....ワインもかなり飲んでしまった、昼食後、いよいよローマ街道の散策、Puerto del Picos から Cuevas del valleまでの下り坂、上から眺めた分には、道は平らに見えた、でも実際は大きな石ころの道、パンフレットでは40分と書いてあったが、自身のない人はバスに残り、約3分の2が参加。。実際はかなり大変でちょっと油断したら、捻挫か転ぶかで、膝にブレーキかけながら、緊張の連続、健脚の人で1時間20分、私は1時間30分、勿論、街道まで、そこから、バスまで、ビュンビュン車を飛ばしている街道を車に跳ねられないよう歩く、バスまで到着したら、かなり人数が足りない、どうも落伍者が出たみたい、添乗員、救出に出かける、1時間は待ったと思う、落伍者と添乗員の姿が現れた、最初からバスに残った連中は3時間近く待った訳だから、当然、バスのなかは苦情のざわめきが聞こえる、マイクを取った添乗員はニコニコしながら、Tranquilo の一言、でもバスのざわめきは消えた、途中、30分のトイレ休憩、その後、渋滞にあいマドリッドに着いたのは夜の11時ごろ、最後に添乗員はニコニコ顔でAdios...の一言。。私は感心してしまった、正直、だれも悪い訳じゃないのだから、誰が謝ることもないのだけれど、これが日本人相手だったら、こんなわけにはいかなかっただろう。この周辺はCabra Hispanicaがいるので有名なのだけれど、誰も見なかったという、そして、このローマ街道は18世紀からは、Cañada Real のルートとして使われていたみたい。翌日は筋肉痛、でも夜はちゃんとサルサを踊ってきました。米


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