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ベルリン

ベルリンに関しては2008年に沢山写真をいれていますので、それを参照。

ホテルは去年と同じ、ベルリンの街の中心のアレクサンドラ広場にあるpark-inn
ホテルに近ずくと不思議な光景が見られた。最初はガラスを拭いているのかと思い、大変な仕事だなと同情していたら、翌日、気が付いたことですが、なんとロッククライミングではなくビルデイング、クライミング。39階だての建物を1回ずつ降りていくのと、一息で下まで飛び降りる2種類が見られました。拡大しないと人が見えないので、拡大して見てください。












33階の私の部屋から見たベルリンの街





ベルリンの壁は今年になって新しく塗り変えられていました。この絵を見て変なこと想像しないでください。ロシアのブレジネフと東ドイツの党首ホネッカー、二人はホモの関係ではなく、ロシア風の挨拶をしているのです。



我々のホテルのすぐ後ろに見えるこの高いテレビ塔は1965年から1969年にかけて作られたもの、昔の東独に位置しているわけですが、その時代西独には1926年に作られたテレビ塔がすでにありました。1年間の365日にちなんで365メートルの高さにするつもりが結果的には368メートルになり、その時代世界で2番目に高い塔と言われたようですが、一番というのはモスクワ。。モスクワに遠慮して少し低くしたようです。



クーダム通

長さ3.5キロ、幅、50メートのマドリッドのグランビアとセラーノ通りを混ぜたような賑やかな通りで、沢山のカフェテリア、レストラン、ブランド店、百貨店の立ち並ぶところ、黄金の1920代はその一郭のカフェは画家、ボへミアン、の根城、商談の場所ともなったところ。



奥に見えているのは、虫歯と言うあだ名の19世紀に作られた皇帝ウイルヘルム教会、故意に第2次大戦で破壊されたままに残されている



そのクーダム通りで二匹の雌の熊の像を見た。ベルリンのシンボルなのだ、雌熊
がマドリッドのシンボルとばかし思っていたら、意外とベルリンでも、そもそも
雌熊をドイツ語でべリンと言う、そこからベルリンと言う都市の名前が始まったようだ



ベルリンの街の心臓部をシュプレー河が流れている、遊覧船が有るのは知っていたけれど、なんだかおのぼりさんみたいで過去2回は避けたけれど、今回はツアーに込まれており、しかもその後が昼食なので、乗ってみたがなかなか良かった、乗り場の後ろに見えているのはベルリン寺院、ドイツも何処の街にも寺院、教会が多いが勿論殆どがプロテスタントと言うところが良い、カトリックの国にかぎって街は不潔で泥棒が多い。何故だろう。

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